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祈りによって、胸のしこりが消える

キリスト教科学さきがけ』2017年05月16日号より

The Christian Science Journal、2016 年 9月号より転載


聖書の貴重な教え、特にキリスト・イエスの行なった癒しの仕事の意味が、メリー・ベーカー・エディ著『科学と健康ー付聖書の鍵』の勉強を通して、私にますます明確になってきました。特に最近、もっとも助けとなったのは、の癒す力を絶対的に信頼することがどれほど重要であるかに気付かされたことですが、これはイエスが一貫して示していたことでした。イエスは、たとえ彼の直面した事態がどれほど厳しく攻撃的であったにしても、の力を理解すると、恐れや疑いは取り除かれ、癒しがもたらされ得ることを、自分の業で示しました。

イエスの教えと彼が示した模範が、私にとって非常に意味深いものであるため、胸にしこりがあることに気付いたとき、私の最初の反応は、平静な心で静かに信頼していよう、というものでした。『科学と健康』は、心静かに信頼することが、霊的癒しのために非常に大切であると明言しています。『科学と健康』には、次のように書かれています:「恐れや疑いで、あなたの明瞭な観念と、心静かな信頼を曇らせてはならない、そうすれば、生命が調和にあること ー すなわち生命が永遠に調和にあること ー を認識して、生命でないものの痛みの観念とか信念は、すべて滅ぼすことができるのである」(『科学と健康』、p. 495)。

しかしながら、私は、そのとき同時に、自分のへの信頼は、単なる盲目的な信仰、ましてや単なる熱い願いなどではないということを、自分が本当に確信しているだろうかと、自問し始めていました。私は、これまで、聖書と『科学と健康』が教えている通りの、霊的事実に基づいた祈りによる癒しを、数多く見てきました、そして、これらの経験が、の癒しの力を私が確信する大きな支えとなっていました。しかし、心静かな信頼の真の基盤は、それら癒しの根拠となるもろもろの真理です。キリスト・イエスは、は永遠の生命であることを明示しています、そして、このの本性が、の似姿にとっての法則であることを示したことを思い起こしたとき、私は自分の確信を取り戻し始めました。そして、忍耐強く祈っていると、生命、は至高であるゆえ、信頼できることが、よりはっきりと理解できるようになりました。私の生命は、実に、無限で永遠なる生命そのもののうちにあるのです。

しかし、心静かな信頼とは、口先だけの信頼ではありません。私たちには、なすべき仕事があるのです。そして、その仕事とは、私の霊的身分を、心静かに、祈りを込めて確認することでした。聖書は、男性と女性の真の本性は、の、神性のの、似姿であることを明らかにしています。そして、この、神性の愛、の似姿には、すべてであるため、恐れがないのです。そして、このには恐れがないので、その自然な、また論理的な結果として、の似姿は恐れを免れているに違いありません。祈っているうちに、私は自分について、より高められた純粋な感覚を持ち始めました、そして自分の本体は、神、愛、のうちにあるという真の感覚を得て、私の信頼は更に強められました。

この深い祈りによって知ることができたことが、自分にとって非常に大きな励みとなり、しかもとても自然なものに感じられたため、私は恐怖心から完全に解放されました。そして、この信頼を疑うことは二度とありませんでした。

それからしばらくの間、しこりはどんどん大きくなってゆきましたが、がすべてであることに対する、私の心静かな信頼は揺らぐことなく、また恐れや疑いに屈することもありませんでした。そして、私は、ずっと、について、また私ととの関係について、学び続けていました。実のところ、私は、自分の思考の中に流れ込んでくる霊的な考えがあまりにも興味深いものであったので、 私の思考の焦点は、もはや身体の問題にではなく、もろもろの霊的事実にあり、そして、これらの霊的事実がきっと癒しをもたらしてくれることを、私は確信していました。私は、自分の祈りの中に満ちている、私を励ましてくれる、霊的で論理的な考えに、自分のすべての注意を向けることで、気持ちが奮い立ち、深い喜びさえ感じていました。

聖書から学んでいるこのような考えの一つは、霊的癒しがいかに簡潔明瞭であるかということでした。イエスは、それを次のような短い言葉で教えています:「あなたがたは、真理を知るであろう」(ヨハネ8:32)。イエスは、また、この真理が、私たちを自由にする、という言葉を付け加えています。『科学と健康』の中の次の言明が、イエスの教えを端的に表しています:「腫瘍・潰瘍・結核・炎症・痛み・奇形の関節は、目覚めて見る“夢の影”、すなわち人間の考えの暗い映像であり、真理の光の前で逃げ去るものである」(p. 418)。

真理は、私の祈りの思考を啓発して、キリストをよりよく理解させてくれました。このキリストは、イエスが模範を示した、の似姿である人の神性の本性であり、また起源でした。キリストの癒しの力は、いつでも無限に手に入れることができること、そして新鮮で霊感溢れる考えをもたらし、それがいわゆる人間の法則を無効にするのであることが、はっきりと分かりました。ついに私は、疑いの余地なく、真に  ”成長・増大” し得る唯一つのものは、のうちにある人の起源についての私たちの理解であり、そしてそれは、キリストを通して展開するということが、はっきりと分かりました。キリスト真理は、病気や危険がたとえどんなに現実的で、攻撃的であるように思われたにしても、私たちをそれらから守ってくれる避難所なのです。およそ、の映像であり似姿であるものを傷つけると主張するものは、それがたとえ何であろうと、からくるものではあり得ません。そのようなものには、の法則の支えがなく、したがって、何の権威もありません。聖書と『科学と健康』から湧き出るこれらの霊的な推論は、私が最初から感じていた、が至高であることへの心静かな信頼を、ますます強固なものにしてくれました。

そんなある日、私は、衣服が湿っているように感じ、しこりから液体が流れ出ていることに気がつきました。それから間もなく、しこりは完全に無くなってしまいました。癒しは完全で、その後もずっとこの状態に変化はありません。

キリスト教の癒しの力は、キリスト・イエスによって、最も見事に例証されました。彼は、自分に従う人たちにも、彼が伝道の日々を通して実証した業を行うようにと、強く求めました。聖書とそれと対をなす本である『科学と健康』の勉強によって、更に多くの啓発を受けながら、私は、逆境の中でも心静かな信頼を、普段と変わりなく自然に持てるということは、、神性の、「あなたのすべての病をいやす」(詩篇 103:3)偉大なる医師からの、贈り物なのであると、心からの感謝とともに述べることができます。

米国、コロラド州、コロラド スプリングス
Marian  English
メアリアン・イングリッシュ

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、『さきがけ』定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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