時速70 マイル (約113キロメートル) で地面に叩きつけられながらも、彼らは無事にその場を歩き去った。いったい何が、それを可能にしたのだろうか?
ナイジェル・ハッチンソン-ブルックス
軍のパラシュート訓練が始まる数週間前、私は詩篇91を深く学んでいました。第1節の「いと高き者のもとにある隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる」という言葉から、私は、全能者の陰にやどるということは、神の隠れ場に住まなければならないのだと考えました。私にとって、隠れ場に住むとは、どこにいても、いつでも、どのような状況にあっても、自分の周りに神が存在し、神が全てであると悟ることを意味します。詩篇はさらに続き、夜の恐怖、疫病、病、事故など、あらゆるものから守られることを述べています。そしてある箇所では、神は天使たちを遣わし、「彼らはその手で、あなたをささえ、石を足に打ちつけることのないようにする」(第12節)と約束しています。
この種のパラシュート降下訓練においては、兵士たちは機体の両側から飛び降ります。また、パラシュートには開傘用の引き紐はなく、自動的に開く仕組みになっています。ある訓練の日、風が激しく吹いていました。実際、飛び降りるには危険と言っても良いほどの厳しい状況でしたが、それでも訓練を続行するように言われました。
ー 私は次のように言ったのを覚えています、「わかりました、神さま、私には何もできないのですから、全てあなたにお任せします」とー
私の側から降下する人の中で、私は最後でした。飛び降りた瞬間、突風が吹き、私の前に飛び降りた兵士との間に安全な距離を保つことができず、私は彼のすぐ後ろの上方、わずか3、4フィート(約0.9~1.2メートル)のところにいました。彼のパラシュートが開くと、私は足の方から彼のリギング・ライン間に突っ込み、そのまま反対側に抜けました。私のパラシュートは開かず、大きなキャンバスの塊となってリギング・ラインに滑り落ち、彼の頭、顔、肩を完全に覆い、彼のパラシュートをしぼませてしまいました。
これはすべて高度800フィート(約244メートル)で起こったことなので、地面に激突するまでの時間はほとんどありませんでした。そして、パラシュートが完全には開いていなかったため、私たちは通常よりずっと速い速度で落下していました。実際には、ほんの少しの帆布がブレーキのような役割を果たしているだけで、ほとんど真っ逆さまに落下している状態でした。
私の頭上には、索具のロープとパラシュートの布が絡み合った状態でぶら下がっていました。下を見ると、屋根に大きな赤い十字のマークが付いたカーキ色の車両が、私たちが向かっている場所へ向かって猛スピードで走ってくるのが見えました。「あっ、まずい」と私は思いました。「あの人たち、私たちが大変な状況にいると思っている!」
いつもなら、物事を自分でコントロールできると確信できたのにという考えが、稲妻のような速さで頭をよぎりました。ところが、今や私は、自分自身を助けるためにできることが何一つない状況に置かれていました。心の中に、いろいろな思いがスライドショーのように次々と浮かんできました。そこには、いと高き者の隠れ場に住むことや、神の加護についても思い出していました。「主は御使いたちを遣わしてあなたを支え、あなたの足が石に打ち当たらないようにしてくださる」という言葉を思い出しました(詩篇 91、第11節、第12節参照)。言葉を一つ一つ思い浮かべる時間はなく、ただその考えが直接、私の心に浮かんできました。詩篇91の言葉が次々と思い浮かびました。
私は、はっきりと意識して次のように考えていたのを覚えています。もしかすると、声に出して言っていたかもしれません。「わかりました、神さま、私には何もできないのですから、全てあなたに任せます。」神がどのように助けてくださるのかまだわかりませんでしたが、私はその状況を完全に神に委ねていました。
後になって、地上から見ていた人たちから、私は地面に激突した後、少し転がり、10フィート(約3メートル)ほど空中に跳ね上がって、手足を投げ出すようにして地面に落ちたと聞きました。しかし、地上の隊員たちが私のところに駆けつける前に、私はすでに自分の足で立っていました。もう一人の兵士も無事でした。私たちは二人とも立ち上がり、その場から歩いて立ち去ったのです。
では、神は何をしてくださったのでしょうか? 人間の体が耐えられる力には限界があると物理の法則が定める中で、神は、それらのいわゆる法則が無効であることを明らかにされました。神 の法則がそれらに取って代わるとき、物理の法則には私たちに影響を及ぼす力はありませんでした。見ていた人たちは誰もが、私たちに起きたことを信じることができませんでした。私たちは時速70マイル(時速約113キロメートル) に近い速度で地面に激突したのです。救急隊員たちも、信じられないというように、ただ首を振っていました。
私だけが助かったのではなく、もう一人の兵士も無事だったということは、私にとって意味のある重要なことでした。私は「神の法則に従い、神 が私たちを助け、守ってくださる方であり、私たちの存在の源であることを意識していれば、驚くほど素晴らしいことが起こる」と確信しました。
