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スピリチュアル・ショート

親としての祈り―「私に託された役目は何なのか」

キリスト教科学さきがけ』2026年08月 6日号より

クリスチャン・サイエンス・ジャーナル2026年4月号から


は、私たちのでもありでもあり、私たちの子供たちのであり、そして孫たちのでもあります。私は、それが真実であることをいつも理解していました。それでも、自分に子どもができる前から、母親になるということに憧れていました。そこで、「もしが唯一の父であり母であるなら、私の役目とはいったい何なのか。親とは、たんにの代役のなのか」と思っていました。

もちろん、子育てには親なら誰もが知るように、惜しみない愛と献身が伴います。では、私たちがどのようにして愛情深く関わる親でいながら、同時にをすべての人の『』として心から喜んで受け入れることができるのでしょうか。これは、一生を通して学ぶべく課題であり、またそれを理解するのは容易なことではありません。

最近、祈りをとおして、私たちの父と母であるをより明確に理解したいと願い、静かに耳を傾けました。すると、「主の祈り」の中に深い導きを見いだしました。この祈りの始まりは、「天にいますわれらのよ。あなたの名があがめられますように」(マタイ6章9節)ですが、メリー・ベーカーの書いた「科学と健康付聖書の鍵」の中で、次のように霊的に解釈をされています、「わたしたちの父母神、全き調和」(16ページ)。

今回はこれを私が理解しなければと祈るのではなく、むしろ親としてなんとかしようとする自分の役割を放棄し、素晴らしく、栄光に満ちた、愛に溢れる父母神に養い、守られている喜びに身を委ねることにしました。私たちの神性なる父母は、いつ、いかなる時も絶えずその務めを果たしています。その力と愛は、私の努力がどれほど誠実であったとしても、それをはるかに超えています。こそが本当にすべてを導いておられる唯一の存在なのです。すべてをにゆだねることができたなら、我が家も、そしてすべての人々も、どれほど深い平安に包まれることでしょう。 

当然のことながら、祈りを通して、私の考えは大きく霊的に高められました。その中には、子育てについての大きな安堵感もありました。そして、親としての自然に果たすべき責任を果たしながらも、多くの心配を手放すことができたのです。祈りとは、私たち全員を完全に見守ってくださる唯一の父母神が存在するという尊い真理に、自らを委ねることなのだと気づきました。 

私は今も、このことをさらに深く理解できるように祈り続けています。最近体験したこの考えの転換は、私にかなりのインパクトを与え、大きな助けとなっています。そして私は今も、この気づきによって日々祝福されています。父であり母である神さま、ありがとうございます。心から感謝しています。

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、『さきがけ』定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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