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今世界に必要なもの、それは教会

キリスト教科学さきがけ』2023年02月17日号より


1905年6月13日、日露戦争が激化していた頃、メリー・ベーカー・エディは、教会員たち宛にある特別な要請を送りました。それは4日後に発行された「Sentinel」誌にも、次のように掲載されました。「親愛なる皆さま、ボストンの母教会である第一科学者キリスト教会のすべての会員が、ロシアと日本の戦争の円満な解決を、そして神がその偉大な国家と海の島々を平和と繁栄で祝福するよう祈ってください」(The First Church of Christ, Scientist, and Miscellany, p. 279) 。

紛争はその時点で既に、1年以上続いており膨大な犠牲者が出ていました。しかし、エディ夫人は、癒すことのできる祈りの力を頻繁に実証していたので、この祈りの力が個人の抱える、身体障害、病気、精神病などを含むあらゆる問題を癒すように、キリスト教科学者たちの集団の祈りもまたより大きなスケールで具体的な助けとなり得るという確信を持っていました。この助けは、各々を通してだけでなく、教会の癒しの力として集合体としても行なえるのです。

その2週間後、エディ夫人は、教会員の祈りが効果的であったことを察知し、この意図的祈りの終結を呼びかけました。その約2ヵ月後、ニューハンプシャー州ポーツマスの近郊で、ロシアと日本との間の平和協定が調印されたのです。

こんにち、世界では再び戦争が激化し、以前と同じような状況に陥っています。そして、蛮行、テロ、憎悪、損失という集団的悪が広範囲にわたり人類に影を落としています。しかし、私たちは、1905年の教会員たちが行ったような、まったく異なる集団的行動、つまり一丸となった祈りにより、思いもよらない結果をもたらすことができるのです。

糸を紡いで紐にして、それをよって縄にするように、教会員全体の力は一個人の力を上回るのです。キリスト・イエスが説明されたように、「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)。また、教会についてもこう約束されました、「黄泉の力もそれに打ち勝つことはない」と(マタイ16:18)。すなわち、もし地獄の門または力が教会に打ち勝てないとすると、それはまさしくキリストの教会が地獄のようなものすべてに打ち勝つ存在だからです。

私たちが教会の仲間として、直接一緒に集まっていなくとも、共通の目的と祈りのもとに集まり、地域や世界のために祈ることもできるのです。すなわち私たちの只中におられるキリストの真の理念が、私たちにとする、の子らはの霊的な息子や娘であるという理解を通して、世界の悪―地獄―に立ち向かう力を与えてくださるのです。この理解と行動だけでも、悪を制することができるのです。

イエスは、から賜った真実をよく理解し、常にそれに基づいて行動していました。私たちも実際に、個人的にだけでなく集団的にその真実を悟り、そして実証することができるのです。霊的団結には、人類のより大きな問題の核心に迫る力があります。それは人間の意識を、罪や致命的な行為を生み出す無知、恐れ、動物性、物質主義から、今ここにある神性なものー善なる生命の神聖さ、の平和―へと目覚めさせてくれるのです。との交わりの中で一体化したとき、周りの人たちが根本的に霊的で、の子孫であるという真の姿を認識する扉が開かれるのです。神性の光は常に外に向かって放射され、世界中に展開されるあらゆる邪悪な思考を進化させる思考、動機、計画を確実に破壊していきます。

イエスは、心から彼に従う者は、彼が行った癒しの業を行うことができると約束されました。その言葉通り、教会設立という大仕事を成し遂げた聖パウロは 自ら経験した団結した祈りの力、つまり罪、監禁、さらに死からも解放されました。最初のキリスト教徒集団であるイエスの弟子たちは、身体の癒しを達成しただけでなく、神聖さ、キリストのような特性、結束、霊的理解においてもめざましい進化をとげ、その結果、彼らの周囲の社会にまで変化をもたらしたのです。

エディ夫人は、教会を「組織体として、その有用性を証明し、民族を高め」るもの、と述べています(科学と健康付聖書の鍵 p. 583)。100年以上前に人々の祈りが当時の世界の出来事に影響を与えたように、またイエスの弟子たちや彼らに続く人々が直面したさまざまな問題に影響を与えたように、私たちが世界の悪に対して癒しの影響をもたらすことを妨げるものは何もありません。戦争、パンデミック、その他さまざまな悪の拡大、継続を助長する思考を解体するため、私たちの手元にが本当に全能であるという知識とともに、彼らが持っていた手段があるのです。

キリスト教科学の発見者は、彼女自身がこの場で私たちに世界の問題ついて集団で祈るように呼びかけているわけではありません。しかし、彼女はその目的のためにクリスチャン・サイエンス・モニター紙を設立しました。科学者キリスト教会によって発行されるこのモニター紙は、社会の進歩を促進する精神的価値を定義し肯定するのを助けることによって、考えを、さらに結果として出来事についての思考を目覚めさせそれに影響を与えるのです。

私たちが心を合わせて、身近な、そして遠方の問題に取り組む祈りの呼びかけに応えるとき、その結果はこうなります。「私たちの各教会の黙祷は、薄暗い時の廊下に響き渡り、音の波のごとく突き進み、心臓の鼓動の如く、一つの教会の壇上から別の説教壇上へ、そして心から心へと振動して、真実と愛が一つの正しい祈りに混ざり合うまで、人類を優しく囲み絆を固める」(Miscellany、P189)。

このことを期待して集まることは、まさしく特権であり力なのです。
エセル・A・ベイカー編集長

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、『さきがけ』定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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