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神の愛には力強い免疫力がある

感染から守られる

神の愛には力強い免疫力がある

キリスト教科学さきがけ』2022年04月11日号より


最近、ラジオのアナウンサーが「皆さん、ご準備ください。またインフルエンザの季節がやってきました! 」と言っているのを聞きました。さらに「インフルエンザの予防接種はよく推奨されるが、ときに効果がなかったり、マイナス副反応もある」と言っていました。このようなコメントは自分たちが脆弱で、まるで伝染病から身を守る術がないかのような気持ちを人々に抱かせます。しかし、キリスト・イエスは弟子たちに「病人を癒すよう」指示しました。

病気に関する思い込みを問いただすのは健全なことなのです。

メリー・ベーカー・エディは、イエスの教えと実証例に従えば、感染は癒されると確信していました。彼女は、健康と幸福の神の法則を明確に理解すれば、病気を癒すだけでなく、予防することもできると推論し、実証しました。「人が見たり、感じたり、認識するものは何でも心を通して行われる、なぜなら知覚も、感覚も、意識も物質ではなく、心に属しているのだから...」

「人々は感染症や伝染病が存在すると信じている。そして、潜在的な内因または直接的な外因により誰でもそれらに感染する傾向があると思い込んでいる。この心理が、病気が発生すると信じている状況が現れるたびに、人を病気にするのである。もし健康は、健康な人に接触するたびに得られるのだと真摯に信じるならば、健康な人が持つ健康な心持ちと、病人からの影響よりも優れた効用を確実に得ることができるだろう。」¹と書いています。

エディ夫人の観察に触発され、私たちはこの問題についてより深く考えるようになるでしょう。私たちの多くは、例えば、病気になる原因の細菌やウイルスに対して無防備であると教えられてきました。しかし、この思い込みを問いただすのは健全なことなのです。なぜなら、聖書には私たちが常に守られていると書かれているからです。詩篇には「わたしはどこへ行って、あなたの御霊を離れましょうか。わたしはどこへ行って、あなたのみ前をのがれましょうか。わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、あなたのみ手はその所でわたしを導き、あなたの右のみ手はわたしをささえられます。」²と書いてあります。神性のであるはすべての空間を満たしているのです。の無限の保護の外に出ることは不可能です。別の詩篇には、「あなたは主を避け所とし、いと高き者をすまいとしたので、災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。」³と記されています。

細菌の存在を信じることは、当たり前であり、知性的だと思われています。しかし、の創造を霊的に理解することによって、私たちの生活は何によって統治され、どこから保護を得られるかについてより高い見地へと導かれるのです。細菌やウイルスを恐れることは、オカルト信仰の巧みな偽装とさえ考えられます。なぜなら、私たちは『隠れた』悪の影響の存在を信じているからです。しかしながら、存在するとされるこのような影響を単に無視するわけではありません。を霊的に理解することによって、悪の影響に力があるという恐怖を打ち破れるのです。のみに力があるのです。善の無限性を知ることで、私たちは悪に影響される悪の環境のなかに、実は存在しないことがわかってくるのです。私たちの真の自己はの霊的反映なのです。私たちは実際、の愛だけが存在する環境の中に生きているのです。完全な存在の実在性において、悪は隠れていても露骨に見えていても存在せず、だから私たちが悪にさらされることはないのです。

が唯一の原因でありがすべての空間を満たしていることを認め始めると、有害な細菌があるという恐れさえも消え去るのです。有害なものには真の根拠も存在もないのです。

の創造物は純粋で、善で、純真です。

明らかにこの種の霊的な推論は「普通の風邪」を引き起こす一般理論とは矛盾しています。このような伝染病を克服するために、私たちはいかに霊的に堅固になるべきでしょうか。ある日、幽霊の存在を信じている女性と話した後に、このことを自問しました。幽霊が近づいて来ないように、彼女は夜も電気をつけて寝ているということでした。私は躊躇なく、「幽霊はいない。幽霊はとにかく存在していない。」と、彼女に断言しました。幽霊がいないのは事実だということを私はわかっているかと自問する必要はありません。そして、電話を切ってから、聖書がその存在を否定しているが、一般的に信じられていることについてもそのように確信を持っているか自問してみました。私は同様の確信を持ちはっきりと宣言できるでしょうか_「病気はない。は病気を知らない。病気は存在していない。」

現実には、病気を引き起こすものは何も存在しておらず、ある人から別の人に移るような悪は存在しないため、の理念は何一つとして悪に感染したり、それを移すこともないのです。この霊的事実が理解されれば、私たちの生活の中で、力強い癒しの効果をもたらすことができるのです。の創造物は完全に霊的で、真実なものは、の善と、清らかさと、純真のみです。の純潔を侵す悪は存在しません。細菌も、病原菌も、ウイルスも。『科学と健康』に、「病や、人間の心が持つある特異体質が、遺伝するということは、もし次の存在に関する偉大な真実が習得されたならば、不可能となる、— 言いかえると、不調和なものは、何も存在に侵入することはできないのである。なぜなら、生命であるからである。」と書かれています。(p.228)

私たちは実際、に守られて生きているので悪の影響を受けることは決してないのです。私たちはの優しさに支えられており、不快な風邪の症状を感じることはありません。こういった真理が悪の存在を信じることから私たちを守ってくれます。

天候の変化や季節によって、が維持している健康を脅かされることはないのです。は常に一定です。の子らはの愛だけを享受しているのです。

私の知り合いの女性は風邪の症状が出始めたとき、キリスト教科学の実践士に電話をして彼女のために祈ってほしいと頼みました。二人はに心を傾け、一つ一つの症状に対してに関する真実で抵抗するように導かれました。

例えば、は制限されることなく、の性質はの創造物に表現されているので、鼻づまりには根拠がないということ。常に慰めを与え、調和を維持するの存在を認識することによって、恐れ、高熱、炎症に抵抗しました。知性ある、神性のが肉体の機能を支配しているのであって物質が支配しないことを確信しました。人間が作り上げたどのような理論も、よく知られ流行しているウイルスでさえもの子の完全な健康を妨げることはできないということを理解しました。数時間後に、その女性は癒されました。これらの真実こそが彼女の強力で効果的な薬でした。

私たちの健康をにゆだねることにより安心できます。私たちはから来るものだけを受け入れるのです。それは善でしかありえません。

おのおの風をさける所、

暴風雨をのがれる所のようになり、

かわいた所にある水の流れのように、

疲れた地にある大きな岩の陰のようになる。

(イザヤ書32:2)

¹ 小品集 (pp.228-229)

² 詩篇139扁、7,9,10節口語訳

³ 詩篇91扁、9,10節口語訳

⁴ Science and Health, p.228

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、『さきがけ』定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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