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癒されて帰ってきたあの日

『キリスト教科学さきがけ』2021年08月25日号より


私は僧侶になる誓いを立てる決心をしていました。この世にはもう長くいられないだろうことを、受け入れていたからです。毎日、霊的に献身的な瞑想に専念しました。深刻な身体の状態にもかかわらず、この瞑想は私に力を与え、深い安らぎを与えてくれました。

私は以前、スキーのインストラクターをしており、ビジネスマンとしても成功していました。小さな会社を2つ持ち、スキー旅行やサマースクールを企画していました。しかし、そこから身体障害者として登録されるまでには長い道のりがありました。自分で言うのもなんですが、私は 「バスケットケース (どうしようもない、手のつけどころのない症例)」だったのです。

私は子供の頃、骨の病気を患い、そのため片方の足が短く、背骨が曲がっていました。しかし、それでも私は活動的なスポーツ少年時代を送りました。サッカーやテニスをしたり、サーフィンやサイクリングをしたりしていました。学校を卒業した後も、活発なスポーツマンでした。

ところが、1995年に突然、体重が減り始めました。医師はこの現象を説明できませんでした。何ヶ月にもわたって検査と薬物治療が行われました。最終的には、過敏性腸症候群と診断されました。私は特定の食べ物を摂取できませんでした。また、慢性疲労症候群の症状も出ていました。背中と首の筋肉は衰え、背骨の湾曲によって生じた首の弱さが露呈していました。1997年末には、体重が7.5石(約48kg)になっていました。玄米とおろし野菜以外は食べられず、首の脱臼も頻繁に起こり、寝たきりの状態になっていました。

<注:Stone(石)は現在でもイギリスの日常で体重を表す表示>

そんな中、2001年の春、地元で開催される、ある講演会のポスターを目にしました。それは、私が聞いたこともない女性、メリー・ベーカー・エディについてのものでした。私は、なぜその講演会の考えが頭から離れないのか理解できませんでした。その女性とは何の関係もないし、興味もありませんでした。そして、彼女について何かを知りたいとも思っていませんでした。ましてや、講演会の会場は障害者である私にはアクセスしづらい場所でした。それでも、その講演会への考えは意識から離れませんでした。頭の中でぐるぐると回っていました。結局、私は講演会に行くことにしました。

わたしは講演会の場所まで、痛みを我慢して忍耐強く時間をかけ、やっとの思いでたどり着きました。私は大変疲れてしまい、かなりの痛みを感じていました。

講演が始まって聞いた内容に不安を覚えました。聖書という言葉が聞こえてきたからです。幼い頃、私は「聖書」に夢中になっている人たちにとても違和感を感じていました。一方で講演の中では、「癒し」という言葉も何回か出てきました。私はこれまでに、ハリ治療からゾーンセラピー、そしてその間の様々な補充的な自然療法に多額の費用を費やしてきました。ですので、私は癒しのためにこの講演会に来たのではなかったので、すぐに興味を失いました。

科学と健康」という本からこんな言葉が読まれました:「は、同時に存在の中心であり、周辺でもある」(203―204ページ)。まさにこの時、この講師が話していることに注意が引き付けられました。私は即座に思いました;「神がこの存在の『中心であり、周辺である』とは一体、どういうことなのだろうか?」。この私の存在は、それこそ、病気や痛み、骨の変形に満ち満ちているというのに。

また、講演の中で、とは「善」を意味し、その「善」は常にすべての空間を満たしていると聞いたことも覚えています。それを聞いて、私は怒りを覚えました。私が長年苦しんできたことのどこが 「善 」だというのだろうか。35歳で身体障害者、難病患者として登録されたことのどこが 「良い」のですか?激しい怒りがこみ上げてきました。強い怒りの感情で頭がいっぱいになりました。

すると、突然、何かが変わったような気がしました。心が静かになったのです。痛みが和らいできたことにも気づきました。最初は胃、次に首、そして膝においても、痛みが和らいだのです。栄養不足で常に横にならなければならない苦しい体には、もう、閉じ込められていないように感じました。私は、どんどん楽になっていく感覚を目撃し、まるで別の人間が静かに遠くから観察しているかのように、一部始終を落ち着いて観察していました。この安らぎは、長年いつも感じていた痛みや病気に取って代わるものでした。それはちょうど、暖かい窓辺に置かれた氷のようなもので、ゆっくりと溶けて形を変えていっていました。痛みや凝りの感覚も、私の中で優しく溶けて形を変えていきました。私はこころからびっくりしました。

真理についてのシンプルなアイデアが、痛みを伴う私の体を、ほとんど無感覚の楽な体に変えたのです。そして次の出来事にショックを受けました。痛み、疲労、何の制限もなく、頭を高く上げ、胸を張って、私は、無理のない長い歩幅で、講演会場から歩いて出てきたのです。家に帰るまでの約1マイル(約3.2 km)の道のりを歩き、自分に起こったことへの喜びと驚きでいっぱいになりました。

その夜、私は赤ん坊のように眠りました。早朝に目を覚ますと、がいかに善なる存在であるかを考えていました。はまさに 「私の存在の中心であり、周辺」だったのです。私は前夜の講演会でシェアされた他の考えを思い出しました。創世記(1:27)の「神は自分の形に人を創造された」という言葉です。また、次のような言葉もありました;「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。」(1:31)。

そしてベッドから起き上がると、私は次の衝撃を受けました。足の長さが違うために斜めに立っていなければならないという今までの感覚ではなく、私は完全に両足で直立していたのです。裸足で立ってもバランスが取れたのです。このことを頭の中で整理しようとしたとき、「潔く思い切って、の善に頼らなければならない」という言葉が意識に上りました。講演会で聞いた言葉ではありませんでした。その言葉には実に権威がありました。私はこの言葉の真実性をを信じて疑いませんでした。私はその場で、今まで付けていた左足の靴の足のプレートを全て外しました。

その後、紅茶、砂糖、ミルク、シリアル、パン、バター、ハチミツなど、普通の朝食に必要なものを全部買いに行きたいという衝動に駆られました。私は6年間、これらの食品を一切食べることができませんでした。しかし私は、反応も不耐性の症状もなく、素晴らしい 「普通 」の食事をすることができたのです。これらの変化は、衝撃的な変化ではなく、ごく普通の状態に戻った経験だったのを覚えています。そして、これらのごく普通の生活を、もっともっと期待してもいいのではないかと思い始めました。

その2日後、私は初めてキリスト教科学の教会の礼拝に参加しました。私は『科学と健康』を『キリスト教科学クオータリー』の毎週の聖書教課で定期的に学び始めました。

4週間のうちに、私の体重は約4石(約25kg)増えていました。私はあらゆる種類の食べ物を食べ、消化することができました。毎日2マイル(約3.2 km)以上歩き、サイクリングやハイキング、水泳も再開しました。文字通り、生まれ変わったような気分で、人生の新たな息吹を感じました。私の人生はのものであり、決して奪われることはなく、いかなる物質的状況にも左右されることはないと確信しました。

あの日私は、何の期待もせずにキリスト教科学の講演会に参加し、そして講演会を去る時には、何の肉体的制限もなく歩いて帰宅の途についたのです。私は一生、解放されたのです!

Phillip Hockley
Farningham, Kent, England

フィリップ・ホックリー
イギリス、ケント州、ファーニンガム
クリスチャン・サイエンス・センチネル200285

https://sentinel.christianscience.com/shared/view/154a5dx59nw

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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