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決して抑えつけられることのない喜び

『キリスト教科学さきがけ』2020年10月 9日号より

このデイリーリフトは、christianscience.com/jp でもお聞きいただけます。


まだ外は真っ暗で、部屋の明かりをつける日の出前のことでした。部屋の隅から突然、歌声が聞こえてきたのです。オーリーという名の、150グラムにも満たないオウム科のオカメインコが、声高らかにメロディーを奏でているではありませんか。おかしなことに、オーリーは布で覆われた鳥かごの中にいたのです。普段、鳥は暗闇では鳴かないというのが通説なのですが。

このことは、私に、実に素晴らしいことを教えてくれました。時に私たちは、暗闇の中にいるように感じることがあります。それは、布で覆われた鳥かごのように重く行き場のない気持ちです。でもそんな時でも、オーリーのように、私たちは喜びをあらわすことができるのです。

喜びとは、私たちの霊的本体の一部をあらわすものです。が私たちを造られたのですから、私たちは一人ひとり、そのような不変の喜びを、常に備えています。キリスト教科学の勉強を通して学ぶように、私たちはそれぞれ、の反映なのですから、の名前の一つである、のすべての側面を保持しているのです。私たちの神であるを反映する感覚は、いつでも喜びをもって歌い、そして高みに上ることができます。それを、抑えつけることはできません。

キリスト・イエスは、「その喜びをあなたがたから取り去る者はいない」と言いました。時には、喜びを感じることができないと思うことがあるかもしれません。でも、喜びを霊的な特性としてみた場合、それはいつでも私たちと共にあります。ですから、どんな状況でも喜びを表す方法が見つかり展開してくるに違いありません。

あの日、日の出前のまだ暗闇の中でオーリーを歌わせたのは、何だったのでしょうかそれは、オーリーの本質にとって、それが当たり前で自然のことだからです。同じように、私たちにも、いつでも喜びを表現できる能力が備わっているのです、何故なら神ご自身が私たちを、霊的に、そう創造なさったのですから。

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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