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突然、暴漢に襲われたとき、守られた

『キリスト教科学さきがけ』2019年01月25日号より

Christian Science Sentinel July 16, 2018


私が15歳の時のことでした。私は、寄宿学校に行っていましたが、クリスマス休暇でシカゴの家に帰省していました。ある夜、暗い道を一人で歩いていたとき、突然、誰かが私の右腕を掴み、背中に何かを突きつけ、そして、「言う通りにしろ、さもないと、殺すぞ」、という男の声が聞こえました。

私たちがキリスト教科学の日曜学校で学ぶ真理は、決して私たちを離れることはありません! 私たちは決しての守りから離れることはないことを、その時、私は覚えていたに違いありません、なぜなら、私は、心を落ちつかせて、通り過ぎる車を見て、私が助けを必要としていることに気づいてくれる人がいないか、確かめることができたからです。でも、誰もいませんでした。次に、私たちのいる歩道の後方を見ましたが、やはり誰もいませんでした。

するとそのとき、すばらしい天使の声が聞こえてきました:「私の唯一の望みは、彼のうちにを見ることです」。どうして、このような恐ろしい状況下にあるとき、10代の女の子が、このような癒しの考えを持つことができたのでしょうか?

私は日曜学校で、聖書に、「は自分のかたちに人を創造された。すなわち、のかたちに… 創造された」(創世1:27)と、書かれていることを教えられてきました、これは、つまり、私たち一人一人、すべての人が、神、によって創造されていることを意味していました。私たちはみなによって造られている、という真理を学んでいたことが、私をパニックに陥ることから守り、そしてまた、私がこの男の人の中にの似姿を見る必要があるという、このすばらしい天使のメッセージに、私の考えを開いてくれたのだと思います。 

その男の人は、私を、広告板の下の空地の方に、引っ張って行こうとしました。私は抵抗しました、そして、その男の人が私の方を向いて私を見たので、私はその男の人の目を見ながら、が創造した人だけを見るようにしました、そして、その男の人に私から手を離すように、強く言いました。それでも、彼は、私を引っ張り続けていました。 私は抵抗を続け、そしてその男の人の目を見ながら、「放してください」と繰り返し言いました。すると、彼は私を突き離し、「それなら、行け」、と言いました。

私は、家に向かって走りながら、の加護にどんなに深く感謝したことでしょう。これまでの人生において、このの愛のすばらしい経験を思い出すことによって、何度となく恐怖心が癒されています。これは、まさに、メリー·ベーカー·エディ著『科学と健康─付聖書の鍵』に書かれている真理、「神性ののあらゆる必要を常に満たしてきたそしてこれからも常に満たす」(p. 494ことを、明らかに証明していました。私は常に現存する神性のが、最高の守りであると確信しています。 家庭の中においても、世界においても、争いが起こっているときには、私たちは、まず自分自身が他の人たちのうちに、善を、の似姿を、見出すことに挑戦しなければなりません。

Miscellaneous Writings 1883-1896、『小品集』のなかにある「あなたの敵を愛せ」という記事のなかで、エディ夫人は、他の人々をもっと霊的に見るように努力して得る勝利について、次のように書いています:「天国が地上に降りてきて、人間はついに『私には敵がいない』という教訓を習得する」(p.10)。

米国、アリゾナ州、テンピ

マージョリー·ソーントン
Marjorie Thornton

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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