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人類の必要を満たす知性

『キリスト教科学さきがけ』2015年09月16日号より

Christian Science Sentinel2015 年 5 月 11日号より転載


The Christian Science Monitor「ザ・クリスチャン・サイエンス・モニター」は、最近の論説で、「生産性が減速するなか、専門家たちは技術革新の終焉かと問いかけている。デジタル革命はその活力を失ってしまったのか」、という重要な問題を論じています。

2015年 2 月11日付のモニター論説委員会による論説「『次なる大いなるも の』を求めて」は、生産性と技術革新の浮沈が人類の福祉に及ぼす影響のゆえに、重要なメッセージなのです。ところで、この議論は、更に深い問題、 人間の生命、生活、人生そのもの、そして、それを支える知性に関わる問題 — 私たちすべてに関わる問題 — を提示しているため、更に興味深いのです。この論説は深い洞察をもって次のような結論を下しています:「技術は、今後とも変化をもたらすに違いない。しかし、変化は、まず、知性と、他の思考のもろもろの特質のなかで、起こるのである。これらを測定するのは、経済的生産性を測定するほど容易ではない。それにしても、これらのものは、人間社会により大きな影響をもたらすのである」。

それでは、私たちの生命、生活、を支えるものすべてを産み出す知性とは、何でしょうか。その本質は、教育に見出せるものなのでしょうか。私たちの多くの者ほど教育を受けていなくとも、自力で成功し、社会に素晴らしい貢献をしている人たちがいます。ところで、この問題をさらに深く掘り下げてみるならば、そもそも知性とは、物質のなかに見出せるものなのでしょうか。例えば、脳細胞が、創造的な活動を起こす知性、私たちの日常生活を改善し、必要なものを供給する知性、そして、人類を更にかなたの広い地平線へと前進させる知性を、持っているのでしょうか。 

メリー・ベーカー・エディは、当時の社会における発明の速度に言及して、それらすべての発明を推進しているのは、より高度な原因と知性であることを指摘しています。彼女は次のように書いています:「物質界において、思考は、多くの有益で驚異的なことを急速に明らかにしてきた。それと同じ活発さで、思考の翼は実在の領域に向かって急速に上昇している、すなわち、より次元の低いもので、探求を刺戟するものの霊的な原因に向かって急速に上昇しているのである(『科学と健康—付聖書の鍵』p.268)。

エディ夫人は、キリスト教科学の発見において、どの時代においても、霊的な知見を持った人々が垣間見てきたこと — 生命について物質的感覚では認知できないもの — を、より確かに認識したのです。彼女は、生命が、永遠に生命であること — 無限のが実在であり、調和にあること — を発見しました。彼女は、キリスト・イエスが、教え、実証したことを発見したのです — つまり、神、霊が唯一の真の生命であり、私たちすべてを創造し維持していることを、発見したのです。彼女の発見は、人が、の所産であり、 の似姿に造られていること、そしてそれは、人が、を霊的な完全さと、健康、また幸福として、現しているという真実を含んでいました。エディ夫人が自ら行った数えきれないほど多くの人々の癒し、また、以来何十年にもわたって起こっているキリスト教科学の実践による癒しは、彼女が発見したものが、実証可能な、存在についての真の科学であり、罪を滅ぼし、病を癒し、救いをもたらす真理であることを示してきました。

真理はまた、真理、キリストが、人の考えを変えるに従って、人間の限界を打ち破っていることを、人々は見出しています。交通とか通信の分野において、限界というものが、どれほど消滅してしまったか、考えてみてください。自動運転車ももう夢ではありません。隣の家のように、世界のどこにでも電話をかけることができます、そして、スマートフォンは、電話よりもはるかに沢山のことをしてくれます。宇宙も、民間企業の手が届くほど近くなりました。そして、もう一つ重要な分野、食料も、これまでよりもはるかに効率的に生産されています。

これら人間が果たしてきた進歩を示す事物や印は、それ自体、の理念ではありません。の実質や働きは、物質とは全く別のものです。しかし、これらのものは、思考の霊的パン種 — 物質的限界が崩れ去り、人類の必要を満たす才能が強化されていること — を、手に取るように感じさせてくれる証拠です。

これは、深刻な問題が存在しない、という意味ではありません。何百万、あるいは、恐らく何十億という人々が、人間が生きるための最低限の必要が満たされずにいるのです。そして、人間が進める技術革新が、常に善意をもって、人に役立つ目的のために使われているとは限りません。しかし、真理のパン種が、人の考えを再生させてゆくに従い、唯一無限の知性、神性ののみが存在し、が創造したものすべてに必要な無限の善を、絶え間なく展開していること — そして、の子は誰ひとり、の途切れることがない慈愛から切り離されることが無いこと — が、よりはっきりと見えてくるでしょう。 

イエスは、「あなたがたのなるは、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである」(マタイ6:8)と言いました。私たちの母神は、私たちすべてに、十分に備えていてくださいます。必要な考えは、すべて常にそこにあり、常に現れてきます — いつでも、まさに必要とされる形で現れてくるのです。このの考えの現れは、永遠に続き、動揺することがありません。『科学と健康』に次のように書かれています:「創造は、絶えず現われている、そして本来その源が無尽蔵であるゆえに、永久に現われ続けるはずである」(p.507)。

ちょうど太陽が途切れることなく輝いているように、神性の知性が、活力を失うようなことは決してありません、なぜならそれは、「無限」のだからです。人類が、についてのこのより高度な概念に一歩一歩、心の中で委ねてゆけば、人間の必要を一つ一つ満たすため「次なる大いなるもの」が、次々と現れてくるでしょう。そして、これが、その真の姿で見えてくるでしょう — つまり、その子らすべてに与える限りない備えが、人間に自然に示された証拠として、見えてくるでしょう。 

David C. Kennedy / デイビッド・C・ケネディ

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『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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