Skip to main content Skip to search Skip to header Skip to footer

交通事故からの急速な回復

『キリスト教科学さきがけ』2021年07月20日号より


高校時代からお付き合いをしていた彼との結婚式を2ヶ月後に控えたある日、わたしは信号無視で走ってきた飲酒運転の車に正面衝突されました。シートベルトをしていたにもかかわらず、衝突の衝撃で座っていた座席が外れて正面の窓を突き破って道路に投げ飛ばされました。

意識が戻ったとき、私は病院に運ばれていました。二人の看護師がわたしの顔からガラスの破片を取り除く作業をしていました。わたしが聴こえているのも知らずに、彼らは「頭と顔の傷を治すのに何回手術をしなければならないことになるだろう」と専門的意見を交わしていました。

事故の記憶がなかったので、彼らが話していることは関係のないことだと思っていました。病院に着いた時、片方の膝と肩の関節が外れてしまっていたので、医師たちが元に戻してくれました。しかし、わたしの顔は腫れ上がり、頭痛がして、片目が見えなくなっていました。

わたしは、に思いを馳せました。子供の頃からキリスト教科学の日曜学校に通っていたので、のすべてを抱擁する愛について多く学んで育ちました。わたしには、祈りによって病気や怪我から癒やされた経験がたくさんあり、全能である神性のに反する他の力などあり得ないことを学びました。私たち一人一人がの理念であり、の知恵の法則によって統治されているので、の保護そして、心和む優しい手当ての外に追い出されることは決してないことを、ある程度理解していました。

わたしの婚約者は、キリスト教科学についてあまり知りませんでしたが、彼に確信をもってすべての力と善の源であるが、完治するために必要なものをすべて与えてくださると話しました。わたしには恐怖も疑いもありませんでした。がわたしたちを導き、支え、さらに必要とするあらゆるものを満たしていることを知っていることに深く感謝したことを覚えています。

両親は、わたしが病院から退院できるよう合法的書類にサインをしに病院に来ました。医師たちは、わたしが車椅子まで数歩歩いていけたら退院を許可すると言いました。わたしは自分がの力強い能力のある表現としてと一体であると祈ることで、その行動を可能にし、病院をその日の内に退院しました。家に帰る車の中で一回意識を失いましたが、母が車の中での存在とその力、そして切り離されることのない神性のとわたしとの一致を確信し20分近く声をあげて祈ってくれたことを後で聞きました。意識を取り戻した後、このような経験は二度としないですみました。

母はわたしに、は「事故」というものについて何も知らないことを確信しながら祈っていたことを伝えてくれました。そしてわたしに『科学と健康付聖書の鍵』の424頁を読むよう勧めてくれました。そこには、メリー・ベーカー・エディが「事故について、、すなわち不滅のは知らないのである、そこでわたしたちは人間的基礎に立つ信念を捨て、唯一のと一体にならなければならない。こうしてこそ偶然というものはなく、すべてはの誤りない指示によるという正しい観念に考えを変えて、調和をもたらすことができるのである」と説明しています。この一節を深く考えることによって、偶然では無く、の法則の秩序と調和がわたしの生命を支配していることを理解する助けとなりました。

病院から家に帰った時、母はわたしの兄弟たちに家の中にあるすべての鏡を覆わせました。彼女はわたしに鏡を見ないよう約束させました。わたしを見た人たちはとても心配そうだったので、自分の姿がどうなっているのか知りたいと思いました。でも、わたしは鏡で自分の姿を見たいという誘惑に負けず、目に見えている誤りは、の子としてのわたしの霊的で完全であるという真実とは違うということを確信しました。

真夜中、酷い頭痛と出血という最悪の事態に目が覚めました。医師たちがこのようなことがおきるだろうと言ったことを恐れていました。父が部屋に入ってきて、静かな威厳ある声でわたしに話をするうちに、その恐れは、すぐに去っていきました。父が何を話してくれたか覚えていませんが、わたしはがすべてを治めていて何も心配することなどないという思いをはっきり感じていました。頭痛は無くなり、出血も止まりました。その後、痛みを経験することはありませんでした。

次の朝起きた時、わたしの枕は大小さまざまな大きさのガラスの破片で覆われていました。沢山の破片は寝ている間に皮膚に刺さっていたガラスが落ちたものでした。この現象は『科学と健康』の中にある次の言葉を思い出させました「霊的理念は、誤りの要素を一つももっていない、そしてこの真理が不快なものは何であろうと当然取り除く」(463)。次の朝、さらにもっとガラスの破片が枕に落ちていましたが、その後、わたしの顔にあった多くの傷は急速に癒されました。

母は、わたしに聖書からの約束された言葉(聖句)をカードに書き留めるように勧めてくれました。そのお陰でわたしは多くの聖句を覚えることが出来ました。今でもわたしの大好きな聖句は、エレミヤ書30章17節の「主は言われる、わたしはあなたの健康を回復させ、あなたの傷をいやす」です。

全ての調和と活動の源であると私自身の一致を理解するために祈り続けた結果、腕と膝の通常の動きを取り戻しました。わたしは完全に癒やされ、そしてあの事故から三日後、顔と体には怪我の跡は一つもありませんでした。

次の日、病院からわたしの様子を見に医療カルテを持って代表の方が会いに来ました。彼は、私が入院していた時の医師の所見について、どんな怪我をして、どんな状態であったか把握していたので、わたしが事故にあった本人であるとは信じられませんでした。わたしの結婚式は、延期する必要もなく予定通り行われました。

メリー・ベーカー・エディが人類を愛し、キリスト教科学の啓示をわたしたちに教えるため人生を捧げ、それを素晴らしい教科書である「科学と健康」に示してくださったことをに深く感謝します。

ナンシー・シャウマン・スミス
ハーバード、マサチューセッツ州

https://journal.christianscience.com/shared/view/235cvuxo636 

ACCESS MORE GREAT ARTICLES LIKE THIS!

Welcome to Herald-Online, the home of The Christian Science Herald. We hope you'll enjoy this article that has been shared with you.

To receive full access to the Heralds, activate an account using your print Herald subscription, or subscribe to JSH-Online today!

『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

『さきがけ』について、その使命について、もっと知る