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10代の人のためのシリーズ: あなたの質問に答える

どのようにしたら、神を近く感じることができるでしょうか?

『キリスト教科学さきがけ』2019年09月 3日号より

Christian Science Sentinel,  2019年3月26日


:私には、がとても遠く離れているように感じられるのです。どのようにを理解して知るなら、を身近に感じることができるでしょうか。 

:実は、私もかつて、の存在をもっと身近に、そしてより暖かく感じたいと願っていました。確かに、私は、キリスト教科学を勉強して、のさまざまの名前を学んでいました: それらは、生命、真理、愛、心、魂、霊、原理です。そして、私はこれらの名前によってのことを考えることがとても好きでした。でも、私は何かそれ以上のものを切望していました。私は、それまでを個人的に、身近に感じる体験をしたことがありませんでした。私は、うわべだけの空想のようなものではなく、また、をただ信じるだけでもない、もっと具体的なものを求めていたのです。

そんなとき、ある友人が、は彼女の最高の友だと言ったのです。彼女は、がいつも自分と一緒にいることをはっきりと感じていると言いました、車に乗っているときも、八百屋にいるときも一緒なのだ、と言いました。彼女の言っていることは、まさに私が求めていたものでした。

そこで、私は祈り始めました。それから毎日、2週間ほど、このすばらしい、すべてを愛するが今ここに存在する、私と一緒にいるとは、どういうことなのか示してくださいと、に願っていました、というよりも、そう懇願していました。私はについての理詰めの知識以上のものを求めていたのです。私は、心から、本当にを知りたいと思っていました。

すると、思いがけないことが起こったのです。私の祈りは、びっくりするような、全く予期しない方法で答えられたのです。ある日、私は1600キロほど離れた所に住んでいる人のために祈っていました。私は彼のことが心配で、もっと近くにいることができたらいいのに、と思っていました。そうしている時、突然、が私に話しかけているのを聞いたのです。はっきりとした声で、次のように話すのを聞いたのです:「彼(つまり私の友人)は、の子です。が、彼をしっかりと守っています」。その瞬間、は、私たちを愛し守ってくださっているということが、私にとてもはっきりと手に取るように感じられ、涙があふれて頬をつたって流れました。

この瞬間が、まさに私の人生における転換点でした。私はを実際に体験するという仕方で「手に入れた」のです。これは、私がそれまで知っていたものとは全く違うものでした。私がそれまでについて知っていたことはみな重要でしたが、今や、私は、心に深く感動して、を感じていたのです。

を体験するということについて、いくつか重要なことがあります。そのためにどうしても欠かせないものは、多分、を知りたいという願いでしょう。それは、私たちの心の奥深くで、の存在を感じたいと心から強く望むことだと思います。『科学と健康-付聖書の鍵』の中で、メリー·ベーカー·エディは、「願いが祈りである. . .」(p.1)と述べています。私の経験は、を体験したい、を深く知りたいという心からの願いは答えられる、ということを示してくれました、ー しかも、それは、私たち一人一人にとって、非常に個人的で、すばらしい方法で示されるのです。

あの時以来、私は、に、が何であるかということをもっと私にお示しくださいと願うようにしています。私の祈りは次のようなものです:「あなたが私の父であり、またであるということは、どういう意味か教えてください。あなたの子であるとは、どういうことですか。あなたの輝かしさについて、もっと教えてください。あなたを私に示してください」、などです。

実際、毎日、車で町へ出るとき、10キロほど田園風景のなかを走るのですが、私はに、「あなたの隠れている真の姿」を、お示しください」と頼みます。そうしてから、私はの美しさ、壮大さ、そして輝かしさの証拠を探すのです。そして、毎日、何かしら、私の考えに翼を与えてくれるものを見つけます。それは、野の草花であるかもしれませんし、飛び立つタカ、あるいは何頭かの鹿であるかもしれません。それらはの壮麗さ、の創造を指し示してくれます。そこで、私の2番目の重要なポイントは、日々の生活の中で、大きな事柄ばかりではなく、小さな事の中でも、を経験できるように敏感であること、それを期待するということです。はどこにでも存在するのですから、私たちは、今、がここにいる、そしてどこにでもいるという事実を、いつでも目にすることができ、感じることができることを、期待していられるのです。

3番目は、のどんな小さな片りん、かけら、でも、見たり、経験したりすることに、感謝することです。感謝とは、「考える」ことよりも、「感じる」ことです。それは心のものであって、実際に、私たちの目をもっと大きく開かせて、の善意が、今、ここに存在することを分からせてくれるのです。感謝の心は、私たちの思考を高めて、日々の生活の否定的側面に飲み込まれてしまうことから、救い上げ、から霊感を受けた喜びで満たしてくれます。

あの驚くべき瞬間以来、私はが私に声に出して話しかけるのを、実際に、聞いていないのですが、の愛と加護を身近に、暖かく、そして、途切れることなく感じています。これは本当にすばらしいことです。そして、このようにを身近に感じることは、私たち一人一人にとって可能なのです。それは、正に、今ここにあって、あなたを待っています!どうぞ、がんばってください! 

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『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、「さきがけ」の定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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