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世界宗教会議での講演

「キリスト教科学者が、癒しと聖書について語る」

キリスト教科学さきがけ』2016年09月28日号より

The Christian Science Journal, 2016年2月号より


2015年世界宗教会議が1015日から19日まで、米国ユタ州ソルトレークシティにて開催された。この世界規模の会議には、およそ50の宗教の代表者9,500 人が参加し、次のテーマについて考えを交えた:「我々人類の心を、取り戻そう:思いやり、平和、正義、そして持続性のある世界の構築のために、共に働こう」。

キリスト教科学理事会は、フロリダ州、ボカラトン在住のキリスト教科学教師Dr. Mary Trammell  (メアリー・トラメル博士)CSBに、母教会を代表してこの会議に出席することを要請した。彼女は会議の招きに応じて、「キリスト教科学者が、癒しと聖書について語る」という主題で、90分のワークショップを行なった。下記は彼女の講演であるが、出版のため多少の編集が施されている。

私は、この度初めて、世界宗教会議に参加いたしましたが、キリスト教科学は、この会議とは非常に長く関わっております。実は、キリスト教科学、およびその創始者であるメリー・ベーカー・エディは、1893年に開かれた第1回の会議に参加しているのです。 

キリスト教科学は、この第1回会議に参加した2つないし3つの「新しい」宗派の1つでした。キリスト教科学者が開催した終日の会議には、およそ4千人の参加者がありました。そして、全体会議においては、メリー・ベーカー・エディが執筆した講演を、The Christian Science Journalクリスチャン・サイエンス・ジャーナル誌)の編集長、Judge Septimus J. Hanna(セプティマス・J・ハナ判事)が、口頭発表しました。

終日の会議において、世界会議の付属部会の議長であったCharles C. Bonney(チャールス・C・ボニィ)氏は、キリスト教科学者を次のように紹介したと記録されています。

「科学がキリスト教になるとき、世界はまさしく至福千年の夜明けに向かって前進するのです。の摂理が、人間の問題解決のために働くことが、近年、キリスト教科学者として知られる人々の急速な増加に示されているほど、驚異的に示されたことは他にありません。つまり、彼らは、宗教と科学は真に調和することを宣言するようにと、また、多くの人々のあいだで衰退している信仰を、聖なる聖書の真実性のもとに復活させるようにとの、使命を受けたのです。奇跡とは、法則に反して働くものであるという一般的観念は、全くの無知によるものであり、誤りなのです。キリスト教科学が教えているように、聖書に記録されているすべての奇跡は、神性の創造者が確立した法則と完全に符合して起きたものです。あなたがた (キリスト教科学者) の使命は、「義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである」(ヤコブ、5:16)ことへの強い信仰を、復活させることです、そしてまた、霊的力が至上であることをあらゆる場で教えることです、霊的力が存在するとき、他のすべての力は無能なのです。カトリック教徒もプロテスタント教徒も一様に、この新しい活力と生命が、今、あなたがた(キリスト教科学者たち)によって、世界に、そして、とりわけキリスト教の世界に、もたらされていることに対して、に感謝しましょう」(John Henry Borrows, The World’s Parliament of ReligionsVolume II、ジョン・ヘンリー・バローズ、世界宗教会議 記録書 第2巻、p. 1419. 注:彼の紹介文は、この記録書の出版のために編集されていると思われる)。

ところで、なぜニューハンプシャーの農夫の娘の考えが、この1893年の会議のおいてこれほど大きく取り上げられたのでしょうか? それもとりわけ、女性の考えがです!当時、女性には参政権すらありませんでした。一般に、女性が教会の祭壇に立って説教をすることはありませんでした、まして、活力あふれる新宗派を率いるなどということは、考えられない時代でした。ところが、メリー・ベーカー・エディは、1821年に生まれ、結婚後まもなく未亡人となり、離婚したり、再び未亡人となったりして、貧困にあえぐ無名の存在から、革命的な発見をして世界的に有名になりました、つまり、彼女は、1863年の奴隷解放宣言で始まった奴隷解放のあと、全く新しい種類の自由が存在することを示したのです。それは、霊的な自由でした。すべての人にとっての自由でした。罪、病気、死の呪いからの自由でした。1893年の会議の記録書のなかに、エディ夫人の発言の次の引用が見られます。

「この革命的時代にあって、アフリカの奴隷のために叫ばれたの声が、わが国(アメリカ)で未だ反響していたころ、このキリスト者の新しい十字軍が、普遍なる自由の基調を高らかに奏で、たる人の権利を、より十分に認めることを願って、罪・病気・死の束縛が人の心と体から取り除かれ、しかも、人間的争いによらず、また銃剣や血によるのではなく、神性科学によって、自由を勝ち取ることを要求した」(世界宗教会議 記録書、第2巻 p. 1419-1420。 注:この会議の記録書のために、メリー・ベーカー・エディは、当時使用されていた『科学と健康―付聖書の鍵』からの引用文に手を加えている)。

さて、メリー・ベーカー・エディは、どのようにしてこの神性科学にたどり着いたのでしょうか? ひと言でいうと、聖書を通してでした。彼女が後に書いているように、「私は...死にひんしていたとき、聖書に救いを求めました、そしてそこで、キリスト教科学を発見しました;...」( “A reminiscience” August 3,1907, A10242, The Mary Baker Eddy Library((『ある回想』1907年8月3日、A10242、メリー・ベーカー・エディ図書館)) )。彼女は子供の頃から聖書が大好きでした。ただし、それは、厳格なカルビン派の父親の理解していたような、人は生まれながらにして罪人であるという、暗い見解に基づく聖書ではありませんでした。彼女が愛した聖書は、母親が大切にするようにと教えてくれた、光と希望と約束に満ちた聖書でした。 

結婚してわずか6か月の後に、最初の夫が黄熱病で亡くなったとき、彼女が頼りにして、決して手放さなかったのもこの聖書でした。彼女は、一人残され、一人息子となるGeorgie (ジョージィ)を妊娠していました。2年後、彼女は、聖書への(そして、への)、ほとばしる愛を詩に託し、その題をただ「聖書」としています。以下は、その一部です:

のごとき不思議なるものの託宣、
の力強い計画の枠組み、
さまよう人への海図と羅針盤、
あなたの命令に従うとき、常に安全。
(Yvonne Cache Von Fettweis and Robert Townsend Warneck, Mary Baker Eddy : Christian Healer ((イヴォンヌ・カシェ・フォン・フェトワイス 及び ロバート・タウンゼント・ウオーネック著、『メリー・ベーカー・エディ:キリスト者なる癒し手』))、Amplified Edition((増補版))、p. 46)

同年、1846年に、彼女は、初めて、新しい実在を垣間見ます。それは、「すべての肉体的、物理的現象は、心的原因に由来する」(Mary Baker Eddy, Retrospection and Introspection ((メリー・ベーカー・エディ著『回顧と反省』)) p.24)ことへの、長い探求の道へと彼女を向かわせました。それから20年間、彼女はこの探求を続けました、息子との別れ、2番目の夫の不誠実、貧困、またほぼ慢性的な虚弱体質と闘いながら、探求し続けたのです。そしてこの間にも、彼女に絶えざる力を与えてくれたのは、自分を愛してくださるの愛に対する信頼と、聖書、特に詩篇でした。彼女はまた、さまざまの代替療法も試みました、そしてある親切な催眠術士のもとで学んだりもしましたが、そのいずれも彼女を肉体的苦しみから永久的に解放してくれることはありませんでした。

彼女が、全く新しい霊的理解の感覚を得るに至った劇的な経験は、1866年、マサチューセッツ州リンの凍った道で転び、その損傷から「即座に癒された」ときのことです。彼女が自伝に書いているように、「これが、自分自身はどのようにして健康になれるか、またどのようにして他の人々を健康にすることができるかの発見に導いてくれた、まさに、『(万有引力の発見に導いた)落下するりんご』(『回顧と反省』p. 24)でした」。 

彼女は掛かっていた医者にも、これはによる癒しであったという以外には、自分の癒しについて説明することができませんでした。彼女は、自分が福音書に記されているイエスの癒しの記述を読んでいて、「ヨハネによる福音書」 14章6節の「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、のみもとに行くことはできない」というイエスの言葉で、意識が満たされていた、ということしか分かりませんでした(クリスチャン・サイエンス・ジャーナル、1885年8月号、Lilian Whiting、リリアン・ホワイティング、の記事より)。そして、突然、彼女は、自分の生命はのうちにあり、が自分の生命である、という絶対的な確信を得ました。そして、彼女は癒されました。 

彼女は、まだ、どのようにして、またなぜ自分が癒されたのかを、理解していませんでした。しかし、直感的に、答えは聖書にあることが「分かって」いました。そこで彼女は、独力で、集中的にその答えを探求し始めました。彼女は後に次のように書いています:「わたしはこの発見をしてから三年の間、この“による癒し”の問題の解明を求めて、聖書を探究し、ほかのものは殆ど読まず、社会から遠ざかり、ある絶対的な規則を発見するために、時間と精力を尽くした」(『科学と健康』、p.109)。そして彼女は「ある絶対的な規則」、 聖書にあるイエスの癒しと、彼女自身の癒しの両方を説明する科学を、発見したのでした。

答えを求めて、彼女は、特に聖書のどの箇所を探したのでしょうか? 聖書の一番初め、創世記の第1章から始めました。彼女は何百ページにも及ぶおびただしい量のメモ書きを残しています ― そのすべてが、ボストンの科学者キリスト教会の本部にある「メリー・ベーカー・エディ図書館」に保存されており、誰でも見ることができます。

彼女は、創世記第1章の、、人、宇宙についての見解は、後に続く章とは全く異なることを知りました。学者たちも、第1章でははエロヒムと呼ばれているが、創世記の、また旧約聖書のその後の章では、ヤワ(ヤハウェ)、またはエホバが使われていることに注目しています。

創世記の第1章において、彼女が見いだしたことは、の創造したものはすべて完全に良いということでした。「が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった」(31節)と記されています。そうであれば、の「かたち」に、に「かたどって」造られ...地のすべてのものを治め(ている)」(26,27節 参照)人は、男も女も、完全に善く、自らの創造者に深く愛されているということです。この理解が、彼女にについて、またの創造物について、全く新しい見解を与えました、つまり、と、の創造物はすべて、100パーセント善いということです。そして、純粋で、光に満たされていて、完全に霊的であるということです。この、完全に善く、純粋である創造を、キリスト・イエスは、人々のあらゆる種類の罪や病気を即座に癒したときに見ていたにちがいない、と彼女は推論しました。 

この新しい単純明快な認識により、メリー・ベーカー・エディは、聖書を全く新しい霊的なレンズで見ることができるようになりました、つまり、の子ら、の息子や娘たちについて、そして彼らの潜在力について、全く新しい見解が示されたのです。それは、の創造についての全く新しい見解、つまりが創造したものは霊的で、純粋で、完全であり、に似たものであって、善であり、今も、そして常に、に優しく愛されているということです。そして、彼女は、この決して変わることがない善意は、神性の法則、科学に基づくものであり、まさにイエスが、と、人と、が創造したものについての真実を実証したように、科学的に実証できるものであることを発見したのです。イエスは人類にとって特に難しい病気、たとえば体の麻痺、重い皮膚病、盲目、口のきけない人、精神障害、不道徳などを癒しました。そして、イエスは、いわゆる物質の力を「支配している」ことを実証しました、例えば、わずかなパンと魚で、何千もの人々に食物を与え、海の上を歩いて渡り、嵐を即座に鎮めて、時間と空間、物質の限界を超越して、それを支配していることを、科学的に実証しました。

メリー・ベーカー・エディが理解したことは、次のように集約することができます。つまり、人(すべての男性、女性、子ども)も、宇宙も、本質的に霊的である、心的概念である、ということです。これらはすべて、、純粋な、純粋なが源になって現れているものなのです。これらは物質的ではないのです。メリー・ベーカー・エディは、それを次のように説明したことが、会議の記録書の中で示されています:「キリスト教科学は、すべての原因と結果が心的であり、物理的でないことを説明する」(世界宗教会議 記録書、第2巻、p. 1422:『科学と健康』(p,114:23)から一部変更して引用)。そして、もしが唯一の実在であるなら、物質的感覚が物質であると考えているものは、たとえ一見そのように見えたにしても、生命についての事実ではないのです。

また、私たちの経験は、本質的に心的なものなので、考えを変えたり、信じていることを改めたりすることで、変えることができるのです。イエスは、そのようにして人の経験を変えました。彼は絶望的な物質の状態を見ること、あるいはそのような状態を真実として認めることを拒否しました。彼は、明らかに、純粋で完全なの創造だけを見ていました。その結果、目に見える人間の経験も、それに付随して変化しました、― この変化を、私たちは一般に癒しと呼んでいます。メリー・ベーカー・エディがキリスト教科学を説明するために書いた本、『科学と健康―付聖書の鍵』の中で、彼女は次のように述べています:「イエスは、科学において完全な人を見た、ところが彼には完全に見えた人が、人間には罪ある滅びる人に見えるのである。この完全な人のうちに、救い主自らの似姿を見た、そして人に対するこの正しい見方が、病人を癒したのである」(pp.476-477)。

この本はその書名が示すように、聖書の「錠を開く」「鍵」であり、聖書の中の神性科学の法則を説明しています、つまり、誰でも、どんな宗教や経歴を持つ人でも、これらのの法則を使って、イエスがしたように、彼らの生活に、また彼らの周りの世界に、癒しの変化をもたらすことができることを教えています。 

「でも、私はイエスではない。彼は2千年も前にこの世を去っている」と、人は言うかもしれません。しかし、メリー・ベーカー・エディが繰り返し『科学と健康』の中で述べていることは、イエスの仕事を支えた神性のの法則を含む「原理」は、今もなお、ここに在るということです。その原理は、あなたも私も、まさに今、ここで、活用し、証明できるものなのです!

彼女は、このことを、次のように保証していることが、会議の記録書に示されています:「1893年の今日まで、過去4半世紀にわたり、これらの規則は、できる限り広範囲にわたって実際に試されてきた、そして、いずれの場合も、人間的に実証できる状態で正しく適用されたときには、イエスがこれらの規則をユダヤの丘の上や、ガリラヤの谷間で実証して以来、幾世紀も経ているにもかかわらず、真理はその神性の癒しの効力を少しも失っていないことが示されたのである」(世界宗教会議 記録書、第2巻、 p. 1420;『科学と健康』より一部変更して引用されている)。

それゆえ、私たちは、本日、ここに来ているのです。キリスト教科学者は心の底から、神性の癒しの法則、と、の創造の善意の法則は、第1回目の会議が開かれた122年前と全く同様に、今も、活用でき、実際に力あるものであると信じています。イエスが証明した癒しの規則は、「全人類」(『科学と健康』、p.328)が、適用することができるのです。そしてこれからも常に適用されてゆくでしょう。 

皆さまも私も、今も、またこれからも変わることなく、「科学の中に完全な人を見る」ことができます。そしてまた、現代語の聖書The Message(『ザ・メッセージ』)の創世記の第1章が描写しているように、すべてが「まさしく、本当に良いのです」、ゆえに、私たちは、「科学の中に完全な宇宙を見る」ことができるのです (Eugene H. Peterson, The Message : The Bible in Contemporary Languageユージン・H・ピーターソン、『ザ・メッセージ:現代語の聖書』)。そして、癒しの結果が示されるでしょう!

科学の中に完全な人を見る」ことによって、私と私の家族は、今や、ほぼ1世紀にわたって恵みを受けてきました。私の父が初めてキリスト教科学を知ったのは、ケンタッキー州に住んでいた少年の頃です。近所に住む女性が、この科学を勉強して末期の結核が癒されたので、両親は彼をキリスト教科学の日曜学校に連れて行きました。彼は2年ほど通っていましたが、やがて家族は他のことで忙しくなり、教会に行かなくなってしまいました。そして、彼が19才のときに両親とも亡くなり、その後、彼は、誤った判断を繰り返しては、アルコール中毒、数回にわたる腸の手術など、苦しい日々を送っていました。そんな状態が10年余り続いたあと、ついに彼は、医者たちに、余命は2、3か月だと告げられました。そのとき、彼はいっそ死んでしまおうと思いました。 

しかし、アーカンソー川を見下ろす絶壁の上に立って、身を投げようとしていたそのとき、父は、突然、キリスト教科学について、そして日曜学校の先生が言ったことを、思いだしたのです:「たとえあなたの身に、どんなことが起ころうとも、それがどんなにひどいことであろうとも、キリスト教科学が助けてくれないこと、癒すことができないことは、決してありません」。そこで、彼はすぐに車に戻り、あの日曜学校の先生を訪ねるために、ケンタッキーへとまっしぐらに車を走らせました。先生は、その時、キリスト教科学の実践士になっていました。彼は、彼女の家のドアを叩き、一気に自分に起こっていることを話しました、そして、「キリスト教科学は私を癒してくれるでしょうか?」と尋ねました。

彼女は、愛情深く彼を見つめ、「あなたは、すでに治っていますよ!」と言いました。そして、彼は本当に癒されていたのです。その瞬間、彼の飲酒、喫煙、惨めな状況のすべてが終わったのです。彼を知る人たち皆を驚嘆させるほど、彼はあらゆる意味で新しい人になりました。彼はそれから半世紀にわたり、キリスト教科学の実践士として、教師として、彼が助けられ、癒されたように、文字通り幾千という人々を助けてきました。

あの日曜学校の先生は、確かに、私の父のうちに「完全な人」を見たのです。彼女は、彼が自分の真の存在を見いだすように、助けたのです、つまり純粋に善で、純粋に霊的なの子、聖書の創世記第1章に書かれているの映像、似姿に創られたの子である自分を、見いださせたのです。

これは、の癒しの法則が、ひとりの人を変えた一例です。それでは、この会議が取り組んでいる巨大な諸問題、気候変動、経済的格差、世界的暴力などについてはどうでしょうか? それでは、の法則、神性のの法則が、どのようにして全人類に、いつの時代にも、癒しを、再生を、もたらすことができるかについて、考えてみましょう。単にキリスト教科学者だけではなく、また、キリスト者だけでもなく、すべての人を、の息子と娘として、癒し、再生させることができるのか、ということです。これこそ、何にもまして、メリー・ベーカー・エディが願っていたことでした。彼女は人類が直面している悪について、鋭い認識をもっていました。私たちも同様に認識しているべきでしょう。ところで、彼女は、この科学が示す道に従うなら、これらの悪と対決できることを知っていたのです。

1907年、彼女の長い生涯の終盤にあって、彼女は当時おそらくアメリカでもっとも著名な女性であったと思われますが、New York American(「ニューヨーク・アメリカン」、日刊紙)とのインタビューの中で、次のように宣言しています:「私の使命は、地球全体のためであり、キリスト教科学に熱心に従ってきてくれる人たちだけのためのものではありません...私の仕事のすべて、私の努力のすべて、私の祈りと涙のすべては、全人類のためであり、また、人類の中に平和と愛を広めるためです」(August 26, 1907; revised and reprinted in the August 31, 1907, issue of the Christian Science Sentinel)(1907年8月26日号、多少変更されて、クリスチャン・サイエンス・センチネル1907年8月31日号に掲載された)。

彼女は翌年、1908年、この約束の成就のために更なる行動を起こし、The Christian Science Monitor (クリスチャン・サイエンス・モニター紙)を創刊しました。この日刊の国際新聞の刊行の目的は、「誰をも傷つけず、全人類に恵みをもたらす」ことであると、言明されています(メリー・ベーカー・エディ著、The First Church of Christ, Scientist, and Miscellany,『第一科学者キリスト教会と文集』、p, 353)。モニター紙は、報道機関に与えられるさまざまの賞を数多く受賞し、またこれまでにピュリッツァー賞を7回受賞しており、2008年には、創刊100周年を祝いました。モニター紙は、センセーショナルな報道を避け、公正で公平な報道を行うことで知られています。今日、モニター紙はインターネット版で日々刊行されており、モニター週刊印刷版を、この会議に登録しておられる皆さま全員に、トートバッグと共に、差し上げております。 

さて、モニター紙が対象とする読者は誰でしょうか? 創刊者は「すべてのキリスト教科学者と、できるだけ多くの一般の人が、私たちの日刊新聞を購読することを、私は願っています」(『文集』、pp.352-353)と、言いました。彼女は、明らかに、人類に「恵みをもたらす」ために、人々がモニター紙を読むことを願いました。祈りを通して、世界の問題を解決する助けとなるためにです。世界の暗い諸問題に光を当てるために、つまり、いつも身近にあって私たちを助け、私たちに望みを与え、最も手に負えない事態をも解決に向かわせる道を開く、完全に善であり、愛あふれるの光で、照らし出すためにです。私たちすべての中にある、完全な男性と女性を引き出すためにです!

祈りの力には限界がありません。さあ、皆さま、ご一緒に、この会議が私たちに共に祈ることを求めている3つの問題、気候変動、経済的格差、世界的暴力と、取り組みましょう! 

注:このあと、活発な、霊感に満ちた議論が、出席者とパネリストとの間で交わされた。パネリストとして、メアリー・トラメル氏のほかに、司会者としてソルトレークシティのScott Hansen(スコット・ハンセン)氏、また、ラスベガス在住のキリスト教科学実践士Marie Longpre-Adams (マリー・ロングプレアダムス)氏が加わった。

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『さきがけ』の使命

1903年に、メリー・ベーカー・エディは、『キリスト教科学さきがけ』を創刊しました。その目的は、「真理の普遍的活動と有用性を宣言する」ことでした。ある辞書によると、『さきがけ』定義は「先発の使者」(先触れ、先駆け)ー 後に起こる事が近づいていることを告げるために先立って送られる者、使者」であり、『さきがけ』という名称に重要な意味を与えています。さらにまた、この定義は、私たちの義務を指し示しています。それは私たち一人一人に課せられた義務であって、私たちには、私たちの『さきがけ』がその責務を十分に果たしているか見届ける義務があるのです。この責務はキリストと不可分であって、まず初めに、イエスが、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ 16:15)と述べて、表明したものでした。

Mary Sands Lee (メリー・サンズ・リー)、Christian Science Sentinel, 1956年 7月 7日

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